お食事を楽しみましょう!

⚪️東京都葛飾区新小岩1-44-2クッターナ8F(新小岩駅南口より徒歩2分) サイゼリヤ 新小岩駅前店 にて、マルゲリータピザ399円、ミートソースボロニア風399円、真イカのパプリカソース199円、ほうれん草のソテー199円、セットドリンクバー190円、白デキャンタワイン小190円、赤グラスワイン100円、プリンとセミフレッドの盛り合わせ399円を注文しました。 2人で行ったので、割り勘…

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パワースポットめぐりズーム!

⚪️東京都葛飾区東金町6-10-5 (JR・京成 金町駅から徒歩7分) 葛西神社 にお参りしてきました。創建は、平安時代末期の元暦2年(1185年)、当時は上葛西と下葛西を合わせた三十三郷(現在の行政区分では、東京都葛飾区、江戸川区の全域、墨田区、江東区、足立区の一部地域にあたる)の総鎮守として葛西三郎清重公の信仰により 香取神宮の分霊を祀ったのが始まり。ご祭神は、経津主神、日本武尊、徳川家…

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庭園・公園へようこそ!

⚪️東京都墨田区東向島3-18-3(東向島駅より徒歩8分) 向島百花園に行ってきました。 向島百花園は、江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に造られた庭園です。 庭を造ったのは、それまで骨とう商を営んでいた佐原鞠塢で、交遊のあった江 戸の文人墨客の協力を得て、旗本、多賀氏の元屋敷跡である向島の地に、花の咲く草花鑑賞を中心とした「民営の花園」を造り、開園しました。 …

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パワースポットめぐりズーム!

都内のパワースポットを紹介します! ⚪️東京都豊島区南池袋3-18-18(JR池袋駅東口より徒歩約15分、JR目白駅より徒歩15分) 威光山 法明寺 にお参りしてきました。桜並木の参道は、とても綺麗です。住宅街の静かなお寺で、雑司が谷七福神の弁財天も祀られています。810年(弘仁1年)威光寺として創建され、1312年(正和1年)日源が日蓮宗に改宗し、法明寺と改称されま…

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パワースポットめぐりズーム!

都内のパワースポットを紹介します! ⚪️東京都文京区湯島1-4-25 湯島聖堂(昌平坂学問所)に行って来ました。 湯島聖堂は、江戸時代の元禄3年、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。 JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口から出て、聖橋を渡り右手の森の中にあって、日本の学校教育発祥の地です。 公開時間・午前9時半~午後5時まで(冬季…

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お食事を楽しみましょう!

寺社仏閣や公園、展望施設を巡った後は、下町の老舗やスーパーやコンビニ、商店街のお店で買い物をしたり、ファミレスで食事したりして一日を満喫しましょう! ⚪️東京都江戸川区南小岩7-28-15 竹花ビル1F(JR小岩駅南口 昭和通り商店街入ってすぐ) 居酒屋 小鉢 にて、日替わりランチ 赤魚の粕漬け(ごはん、お味噌汁、お漬物、コーヒー、小鉢2鉢選べます セット)850円を注文しました。…

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芝、麻布 小山内薫 青空文庫より〜

芝、麻布 小山内薫 青空文庫より〜 『あばよ、芝よ、金杉よ。』  子供の頃、一緒に遊んでいた町の子達と別れる時、よく私達は歌のように節をつけて、こういった。  私は麹町の富士見町で育った。芝といえば――金杉といえば――大変遠いところのような気がした。 『あばよ、芝よ、金杉よ。』  今でも、この一句を口ずさむと、まだ電灯のなかった、薄暗い、寂しい、人通りの少ない、山の手の昔の夕暮…

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東京に生れて 長谷川時雨 青空文庫より〜

東京に生れて 長谷川時雨 青空文庫より〜  大東京の魅力に引かれ、すつかり心醉しながら、郷里の風光に思ひのおよぼすときになると、東京をみそくそにけなしつける人がある。どうもそんな時はしかたがないから、默だまつて、おこがましいが、土地ツ子の代表なやうに拜聽してゐる。  大震災のあとであつた、ある劇作家が言つた。 「東京つて、起伏をもつてゐる好いところだ。昔は、さぞ好い景色だつたらう。…

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日本橋あたり 長谷川時雨 青空文庫より〜

日本橋あたり 長谷川時雨 青空文庫より〜  その時分、白米の價あたひが、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。お湯錢が大人おとな二錢か一錢五厘といふと、私は、たいした經濟觀念の鋭い小娘であつたやうであるが、お膳の前へ坐ると、頂きますとお辭儀じぎをするし、お終ひになると、御馳走さまといつたり、さうでもないと、默つて一禮して、お膳を下さげてもらうといつた、お行儀はよいが、世の…

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花火と大川端 長谷川時雨 青空文庫より~

花火と大川端 長谷川時雨 青空文庫より〜  花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。私といふ子供がはじめて記憶した兩國川開きの花火は、明治二十年位のことだから、廣告花火もあつたではあらうが、資本力の充實した今日から見れば、三業組合――花柳界の支出費だけで、大仕掛のものはすくなかつた。  江戸時代の川開きとは、納凉船が集つ…

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