両国橋の欄干 木村壮八 青空文庫より~

両国橋の欄干 木村壮八 青空文庫より〜  柳橋の明治二十年以前木橋であつた頃は、その欄干は上図のやうな木組であつたが、これは一曜斎国輝の錦絵「両ごくやなぎばし」の図や、明治二十二年発行の「日本名所図会東京の部」(大阪府平民上田維暁編)などに写されてゐるので(第一図)わかる。明治初年彰義隊の時に油を灌いで焼かれたといふのもこの構造の柳橋であつたらう。欄干の木組が十文字のぶつちがひになつた構造…

続きを読む

両国今昔 木村荘八 青空文庫より~

両国今昔 木村荘八 青空文庫より〜  櫓太鼓にフト目をさまし、あすは……といふけれども、昔ぼくが成人した家は、風の加減で東から大川を渡つてとうとうと回向院の櫓太鼓が聞えたものだつた。ぼくの名は生れ落ちてからこれが本名であるが、この荘の字をよく人に庄屋の庄の字と間違へて書かれることがある。昔は川向うの行司木村庄某あてのハガキや手紙が番地が不完全だとぼくの家へ舞込むと同時に、ぼくへの通信がまた…

続きを読む

両国界隈 木村壮八 青空文庫より~

両国界隈 木村壮八 青空文庫より〜  永井さん(荷風子)が「日和下駄」の中の一節に路地について記された件りがある。 「……両国の広小路に沿うて石を敷いた小路には小間物屋、袋物屋、煎餅屋など種々なる小売店の賑はふ有様、正しく屋根のない勧工場の廊下と見られる。横山町辺のとある路地の中には矢張り立派に石を敷詰めた両側ともに長門筒袋物また筆なぞ製してゐる問屋ばかりが続いてゐるので、路地一帯が…

続きを読む

両国の秋 岡本綺堂 青空文庫より~⑤

両国の秋 岡本綺堂 青空文庫より〜⑤ 十三 「困った奴だ」  林之助は口のうちで幾たびか罵った。  お此と別れて屋敷へ帰る途中で、彼はお絹を憎むの念が胸いっぱいに溢れ切っていた。彼はお絹があまりに執念ぶかいので憎くなった。罪もないお里をそれほどに苦しめようとするお絹の妬み深い心には、どう考えても同情することが出来なくなった。一種の意地と、一種の江戸っ子かたぎとが彼をあおって、彼は…

続きを読む

両国の秋 岡本綺堂 青空文庫より〜①

両国の秋 岡本綺堂 青空文庫より〜①      一 「ことしの残暑は随分ひどいね」  お絹きぬは楽屋へはいって水色のかみしもをぬいだ。八月なかばの夕日は孤城を囲んだ大軍のように筵張むしろばりの小屋のうしろまでひた寄せに押し寄せて、すこしの隙すきもあらば攻め入ろうと狙っているらしく、破れた荒筵のあいだから黄金こがねの火箭ひやのような強い光りを幾すじも射い込んだ。その箭をふせぐ楯の…

続きを読む

スポンサーリンク